長崎ぶらぶら・・・観光客が行かない長崎

長崎市内にあるお寺や神社さらには公園と市場・・・メインは「長崎四国八十八ヶ所霊場」の紹介です

長崎の史跡

番外・一ノ瀬無縁塔

長崎市本河内2丁目1番(本河内郷有墓地内)

ずっと以前は「長崎四国八十八ヶ所霊場」の一覧の中に「番外」として大光寺・山口大師堂・田川宅などいくつかあったのですが私が廻った2年前にはこの「一ノ瀬無縁塔」しか無かったですね・・・現在はどうなんでしょ?

本河内06
国道34号線沿いの細い道を「聖母の騎士」方面に歩いていくとガードレールにいつもの案内板が見えます

一ノ瀬無縁塔01
そこの石段を上がり突き当りまで行くとやっと「一ノ瀬無縁塔」がありましたが、これはその中でもひと際大きい俗称「お亀の塔」と呼ばれているそうです

一ノ瀬無縁塔01-2
ここは長崎市の有形文化財に指定されているんですね・・・案内板によると「寛文2年(1662)に長崎で痘瘡(天然痘)が流行し2千人以上の犠牲者を出し特に幼児の死者が多かったので供養のためにこの塔を建立した」そうです
さらに続けて「なお、四面の上部にはめてあった銅像の内の地蔵菩薩像が昭和29年(1954)に盗難にあったので残る三面の釈迦如来・阿弥陀如来・観音菩薩の銅像は取りはずして長崎歴史文化博物館に保管されている」とありますが塔にある仏像は何だろうと思ったら・・・長崎市のHPに続きがあり「現在は代替像を安置している」そうです(^^)

一ノ瀬無縁塔02

一ノ瀬無縁塔02-2
敷地内には他にもいろんな碑が建っていますがかなり風化が進んでいます

2年前に途中まで書きかけて間違えてアップしていたのをやっと書き改めました

本河内・青銅塔(からかねとう)

長崎市本河内1丁目1040

本河内の国道34号線沿いの旧長崎街道を行くと右手に本河内郷の墓地がありますがその手前にあるのが市指定有形文化財の「青銅塔(からかねとう)」です
本河内07-3

本河内07-6
長崎市のHPによると「この塔は宝篋印塔の形式の供養塔である。享保6年(1721)閏7月夜半大雷雨、大洪水があり、溺死者・流失家屋・破損家屋・流失した橋等多数にのぼる大災害があった。この時当地に滞在していた下野国(現在の栃木県鹿沼村の一部)安蘇郡粕尾村出身の木食僧観心が発願主となり、今紺屋町(現在の長崎市魚の町・麹屋町・諏訪町の一部)・中紺屋町(現在の長崎市魚の町・麹屋町・諏訪町の一部)の町民が援助して財を募り、8月6日この塔1基を建て死者の冥福を祈った。」そうです

本河内07-2
雑草に覆われた仏像群・・・

本河内07
青銅塔の隣には享保6年の大水害から数えて、100年目の文政5年に大水害百回忌供養を記念し今紺屋町の住民が建てた延命地蔵があります。

本河内07-4
首から上がないお地蔵様・・・

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