長崎ぶらぶら・・・観光客が行かない長崎

長崎市内にあるお寺や神社さらには公園と市場・・・メインは「長崎四国八十八ヶ所霊場」の紹介です

2013年06月

第31番・松森神社

長崎市上西山町4-3

諏訪神社の参道途中から右側に松森神社に行く参道があります

松森神社 拝殿
この松森神社には毎年1~2回は訪れていますし「正しい休日の過ごし方」でも何度も記事にしていますが

松森神社02-3
敷地内にある「老松殿」という建物が

松森神社02-1

松森神社01-2
長崎四国八十八ヶ所第31番霊場になっています

ずっと以前は飽の浦大師堂という所が31番霊場だったのですが管理をしている方が高齢のために返上されたのでここが霊場になったのです

松森神社02-2
でもこの「老松殿」というのは元々何のための建物なんでしょうね、ずっと以前に松森神社を訪れた時には東洋ランの展示会みたいのをやっていたような記憶があります・・・ネットで調べたら「椿展」みたいですね^^;

松森神社03-1

松森神社03-2
奥には鳥居があり庭には祠などが点在しています

第78番・東明山 興福寺

長崎市寺町4-32

鍛冶屋町から寺町に歩いていくと延命寺の先で一方通行の出口になり車は入れませんが、その道の最初のお寺です

興福寺01
無論「東明山 興福寺」自体は観光客も行く有名なお寺ですし「正しい休日の過ごし方」でも紹介したことがありますが今回は入口の門の前にあるお堂です

興福寺02
これがそのお堂ですが、実はこれが長崎四国八十八ヵ所第78番霊場になっているのです

興福寺02-2
中には当然弘法大師が祀られています

興福寺02-3
弘法大師像の隣には不動明王みたいな像も祀られていました

興福寺03
お堂の隣にはお地蔵様などいろんな仏像が並んでいますがいずれもかなりの年月を感じさせますね

第2番・正覚山中道院 大音寺

長崎市鍛冶屋町5-87

寺町から行くと鍛冶屋町のスクランブル交差点の手前にある路地を入ったところにあります

大音寺01
これが晧台寺、本蓮寺(筑後町)とともに長崎三大寺といわれる浄土宗の寺院「正覚山中道院大音寺」ですが多くの歴史的遺物は火災のために焼失したそうです

大音寺01-2

大音寺01-4
長崎四国八十八ヶ所第2番霊場となっています

大音寺01-3
慶長19年(1614年)伝誉が開創したお寺で寛永年間にこの場所に移設したそうですが以前あった場所は中央公園近くの「大音寺坂」あたりだったのでしょうね

大音寺03
階段の途中にある山門には

大音寺03-2

大音寺03-3
左右に仁王様・・・じゃないみたいです

大音寺03-8

大音寺03-7
裏側にもそれぞれ1体づつありますからこれは四天王なんですね

大音寺02
敷地内は多くを火事で失ったみたいですが石門は残っています

大音寺02-2
この石門の奥には

大音寺02-3
何と大きな亀が・・・

大音寺02-4
でも上に石塔を載せているということは竜王の子供である「贔屓(ひいき)」でしょうね→ウィキペディアによるとこれは「亀趺(きふ)」になるのかな?
ちなみに竜の子供は「竜王九子」といって9匹いるのですがその中でよく目にするのは「蒲牢(ほろう)」といって梵鐘を吊るす部分の竜頭になっています
なおこの「贔屓」の上に載っている「碑文」を全文を読解すると亀が動き出すという伝説があるそうです

大音寺05
本堂はやけに新しいですね

大音寺04-2
この石段を上がると歴代の住職の墓や市指定天然記念物の「イチョウの木」などがあるそうです

大音寺04-3

大音寺06
ここはフェデラー号事件で責任を取って切腹した「松平図書頭」の墓地ですが彼を祀った祖霊社というのが諏訪神社にあります

大音寺05-2
この建物にもちょっと興味が湧きますね

祝捷山運動公園(合戦場)

長崎市上小島5丁目503-9

田上病院の前を上がると突き当たりの交差点を左に行くと唐八景ですがそこから右手の狭い道を行きます・・・車で行くのなら長崎病院の前の道を通り長崎南高の信号の先から左折したほうが判りやすいですね
ただし上の住所をグーグルあたりで検索すると何故か違う場所が表示されます

合戦場01
ナガジンによると
上小島の高台、古くは長崎氏と深堀氏の合戦の場であったことから、現在でも「合戦場(かっせんば)」と呼ばれる場所がある。江戸時代は大砲小銃の試射や狼煙の実験を長崎奉行が見聞する場所だった。その後、道仙の親戚関係にあった東浜町の呉服商「田中屋」の田中直三郎が、日露戦争勝利を記念して公園整備。明治38年(1905)、道仙が「祝捷山(しゅくしょうざん)」と命名し、大岩にその名を刻んだ
とありますがこの岩のことでしょうね

合戦場01-1

合戦場01-2
公園の一角にこの大岩を含めいろんな碑がありますが人はほとんど来ませんし

合戦場01-3
記念碑の文字も木が邪魔してよく見えません^^;

合戦場03
こちらが正式な公園入口ですが「祝捷山(しゅくしょうざん)」を読める人も少ないのじゃないでしょうか

合戦場02

合戦場02-2

合戦場02-4
運動公園としてはきれいに整備されていますし

合戦場02-3

合戦場03-2
散策する公園としても地元の人には利用されているみたいです

第51番・山の神堂

長崎市本河内2丁目16-41

本河内低部水源地へ行く道へ分岐する「妙相寺道」交差点にある横断歩道の脇にある道を上がります

山の神堂01-2
石段になっていますが数軒分上がった左側の個人のお宅の庭先にお堂が見えます

山の神堂01
ここが長崎四国八十八ヵ所第51番霊場の「山の神堂」です

山の神堂02-2
庭にはいくつかの小さな祠がありますが一番奥にあるお堂の前に看板が掛かっています

山の神堂03
個人で祀っているのでしょうがきれいに管理されていますね

山の神堂01-3
改修も個人で行っているのでしょうねホント感服します

平松市場

長崎市上小島4丁目6-1

長崎南高の下の道を小島中学校に向かう途中にあります

平松市場05
最初は市場だとわかりませんでした^^;

平松市場01
反対側から見ると建物は市場の形ですが名前が書いていません

平松市場02-2

平松市場03-3
中に入るとお店の数は少ないですがちゃんとした市場です

平松市場03-2
無論閉まったお店が多いですが・・・

平松市場04
ここを訪れてからも2年経っています

長崎西国三十三ヶ所・第12番と第13番霊場

長崎市田手原町449番あたり

白木町から田手原の町に入り道なりに進むと

田手原02-2
左手に「茂木四国八十八ヵ所・58番霊場」の案内板があります

田手原02-3
この道は長崎四国八十八ヵ所・第45番霊場の「豊前坊上不動堂」にも通じる道です

田手原03
その途中の右手の丘の上にお堂が見えます

田手原03-2

P1200486
ここが「茂木四国八十八ヵ所・58番霊場」なんですが

田手原03-3
同時に長崎西国三十三ヶ所霊場の第12番と第13番札所になっています

田手原03-4
お堂の中に入るといろいろ仏像が飾られていますが

田手原03-5
右側にある大師像を挟んで金色の観音像2体

P1200482
右側が長崎西国第12番の千手観音菩薩像で

P1200483
左側にあるのが同じく13番の二臂如意輪観音菩薩です

田手原03-6
向かって左側にも観音像や慈母観音の絵までありますね

三川町の屏風岩と薬師如来堂

長崎市三川町1350あたり

長崎市内から長崎バイパスの裏に回り「三川橋」を渡りしばらく行くと朝日橋バス停近くに「ドラッグストア モリ」がありますがその向かいになります

薬師如来堂01
近くまで来るとこの大きな「屏風岩」が嫌でも眼に入るからすぐにわかります^^;

薬師如来堂01-2
バス通りからちょっと入ると正面にお堂が見えます

薬師如来堂01-3
これは建物だけで

薬師如来堂01-4
「拝殿は奥にあります」との案内があるので裏に回ると

薬師如来堂02

薬師如来堂02-2
先ず目に付くのは自然の洞窟内に祀られたお地蔵様


薬師如来堂03
その隣にあるのが拝殿です

薬師如来堂03-2
割と新しい感じの「薬師如来像」がありますが

薬師如来堂03-3
「薬師如来堂」といわれる由縁はこの壁面に彫られた薬師如来にあります・・・元禄15年に奉納されたそうです

薬師如来堂03-4
その横には何故か陽石も奉納されていますが、まだ新しくてこれだけリアルだとちょっと引いてしまいますね^^;

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