長崎ぶらぶら・・・観光客が行かない長崎

長崎市内にあるお寺や神社さらには公園と市場・・・メインは「長崎四国八十八ヶ所霊場」の紹介です

郷くんち紹介・・・小ヶ倉くんち

開催場所:大山祇・小ヶ倉神社・・長崎市小ヶ倉2丁目21
開 催 日 :11月3日(固定)雨天決行・・・奉納踊りは小ヶ倉2丁目公民館内

小ヶ倉神社で行なわれる「小ヶ倉くんち」も輪番制で4年ごとに各自治会が奉納しています

お下りが午前9時半くらいに行われその後に保育園から小学生の踊りや太鼓さらには婦人会の舞踊などがありメインの奉納踊は午前11時半くらいから行われます
その後奉納踊りは庭先回りを行うおですが御神輿は12時30分くらいにお上りを済ませます

2011年・・2丁目自治会の「鯨舟(くじら舟)」でした

2012年・・3丁目自治会が「川船」を奉納しました

2013年・・1丁目上揚自治会が雨の中「小ヶ倉獅子舞」を奉納しました

2014年・・1丁目中自治会が当番町です。以前は龍踊をやっていたという話も聞きましたが最近は舞踊の奉納です


奉納踊りを行うのは神社下の広場ですが、地元の団体が出店をやることもあり子供やお年寄り中心に観客が多数集まります

郷くんち紹介・・・三重くんち

開催場所:三重大神宮神社(皇大神社)・・長崎市三重町1394
開 催 日 :10月第3日曜日(平成26年は10/19)
雨の日はどうするのか決まっていませんが「多分三重公民館でするのじゃないかな」ということです^^;

長崎市の各地で行われている「郷くんち」は地域を分けて輪番制で奉納踊りをやっているのがいくつかあります・・・前に書いた「矢上くんち」や「式見くんち」の他にも「戸町くんち」「小ヶ倉くんち」などもそうですが今回紹介する「三重くんち」も5年毎の輪番制です

「式見くんち」が旧式見村の広い範囲の町が参加するのに比べると「三重くんち」は旧三重村のなかでも旧三重郷である現在の三重町周辺の地域のみで行われています

・2011年は「馬場地区」の「馬場浮立」が行われました

・昨年2012年は「角上(すみあげ)地区」の「角上蛇踊」に行ってきましたね

・2013年は「角(すみ)地区」の「角蛇踊」だったのですが体調を崩し見に行くことが出来ませんでした(T_T)
でも行っているのが「角・角上蛇踊保存会」ですから内容は前年と同じだったのでしょう

・2014年は「東上(ひがしあげ)地区」の「東上面浮立」を見てきました

・5年目の2015年は「崎上地区」の「崎上浮立」が行なわれる予定です・・・長崎市役所HPでの紹介はこちら

最近は長崎市内の民俗芸能(郷土芸能)がだんだん減ってきているので実際に見るまでは本当に残っているのかが心配です

中尾くんち・「中尾獅子浮立と唐子踊」

矢上くんちに参加している東東長崎の地区は八つあるのですがその中で毎年地元でもくんちを行なっているのは田中町・中尾地区の「中尾くんち」のみで毎年9月15日に行なわれます
矢上くんちに参加する年は参加者の応援を募り総勢200人を越える大人数で「中尾獅子浮立と唐子踊」を演じるのですがそれ以外のときは地元の人のみで行なうそうです・・・矢上くんちでの奉納は以前見ましたから「中尾くんち」での様子を見に行ってきました

当日は朝から大山神社での奉納を皮切りに地区内にある神社7ヶ所ほどを回るという話でしたが途中の山神社で「中尾獅子浮立と唐子踊」を見ることが出来るそうです(途中の様子は「正しい休日の過ごし方」の記事をどうぞ)

中尾くんち03
ここが「山神社」です

中尾くんち03-5
みんな揃って参拝した後に

中尾くんち03-6
薄縁(うすべり)を敷き牡丹をあしらった大太鼓を設置しますがここは道路端なのでこの後も車が何台も通りました

中尾くんち04
まずは締め太鼓と笛の演奏ですがこれは聞きほれました(^^)

中尾くんち04-4
続いては小さな子供たちによるコミカルな唐子踊が演じられます

中尾くんち04-6
子供たちが退場すると獅子が登場しますがこれは子供が演じる「仔獅子」です

中尾くんち04-7
でも太鼓に合わせてなかなか上手に演じていました

中尾くんち05-2
続いて鉦の演奏が入り月の輪が始まりましたが演じるのは小学生でした

中尾くんち05-3
唐子踊とは太鼓や笛の人たちも入れ替わります

中尾くんち05-4

中尾くんち05-5
大太鼓の演者は大きい子に代わり月の輪の子供たちはアクロバティックな所作を演じていました

中尾くんち06-1
続いて玉使いと親獅子が登場

中尾くんち06-4
玉使いの子供たちも頑張っています(^^)

中尾くんち06-6
最終的には2匹の親獅子と仔獅子が揃っての演技を見せてくれました

矢上くんちに奉納するときと違って「ささら」「笠踊」など浮立は少ないですし獅子の数も少ないのですがやはり地元に密着した民俗芸能といった感じで見飽きませんでしたね

香焼町の「カトリック香焼教会」

長崎市香焼町409-1

香焼教会01
香焼の名前の由来にもなった「円福寺」に車で上がる途中にありますが以前は島の北側である蔭ノ尾地区という場所にあったそうです
でも三菱造船所が100万トンドックを作るに当たって撤去を余儀なくされてこの場所に移転したそうです

香焼教会01-2

香焼教会01-3
敷地内に入るとすぐ目に入るのが鐘楼と「ミカエル浜口健市師像」

香焼教会01-4

香焼教会02

香焼教会02-3
やはり信徒の多くは三菱や関連会社に勤務している方が多いそうです

旧外海町の「大野教会堂」・・・国指定重要文化財

長崎市下大野町2619番地

今は長崎市に編入された外海町神浦の旧外海町役場跡にある「霧氷酒造」の前の山道を上がっていくのですが「この道で大丈夫かな」と思うくらい狭い山道が続きます

教会01-2
だから突然集落が現れるとホッとするかもしれませんね・・・琴海町や西海町に抜ける道がこの上を通っているので私は4~5年前に通ったことはありますが大野教会に寄るのは初めてです

大野教会02
集落の奥の方からちょっと左手に上がった場所にあるのが「大野教会」ですがちょっと見た感じは教会には見えません

大野教会02-2
正式には「大野教会堂」というみたいです・・・「ド・ロさまそうめん」にその名を残す「ド・ロ神父」が明治26年に建てた巡回教会で2008年に国の重要文化財に指定されています

大野教会02-3
文化庁の「文化遺産オンライン」では
大野教会堂は、大浦天主堂から外海地区の主任司祭として赴任したマルク・マリ・ド・ロ神父が、明治26年に建設した巡回教会である。教会堂は、会堂部と司祭室部からなり、会堂部の周囲に、割石を漆喰で固めた「ド・ロ壁」と呼ばれる壁体を築き、小屋は木造キングポストトラスとする。
大野教会堂は、数少ない巡回教会の遺構例であり、巡回教会の規模、会堂構成を知るうえで高い歴史的価値が認められる。 また、「ド・ロ壁」、キングポストトラスなど、ド・ロ神父の建築技法が典型的に示されており、重要である。

と紹介されています

大野教会03-2
これが地元の石を使って作られた「ド・ロ壁」でしょうね

大野教会03-1
教会のシンボルである十字架もささやかです^^;

大野教会04
現在は年に1度秋のみにミサが行われる時以外は扉も閉められていますが入口のガラス戸の1枚が透明なので中の様子を見ることが出来るようになっていました・・・教会の内部の写真は多分初めて載せるのじゃないかな?

大野教会04-2
教会堂に比べると横にあるマリア像がやけに新しく見えましたがこちらは教会設立100周年記念として出津教会の信徒によって建てられたみたいです・・・そういえば今年で120周年なんですね

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